ハンドル操作を誤って他人の家の塀を壊してしまいました。家主は激怒しており、「器物損壊で被害届を出す」と言われています。どうなるのでしょうか?
結論:器物損壊罪の成立には故意(罪を犯す意思)が必要とされており、過失(不注意)では成立しません。
1 故意犯と過失犯
刑法では、犯罪が成立するには原則として行為者の故意、すなわち、罪を犯す意思が必要とされています(刑法38条1項本文)。
もっとも、法律に特別の定めがある場合は、故意がなくても犯罪の成立を認めています(刑法38条1項但書)。
その典型が、不注意による犯罪、いわゆる過失犯です。
2 器物損壊罪(刑法261条)の成立要件
①他人の②物を、③損壊することです。
①は、言い換えれば、自分の所有物(共有物は除く)や無主物であれば、器物損壊等罪の対象にはないことを意味します。
ただ、自分の所有物でも、差押を受けたり、物件を負担したりしている場合は、対象に含まれます。
②は、財産権の目的となる一切の物件を意味します。
ただ、公用文書・権利義務に関する私用文書(電磁的記録含む)・建造物等については、別の規定によります(刑法258~260条)。
③は、その物の効用を害する行為とされています。
物理的に物の全部・一部を破壊するのが一般的ですが、裁判例では、食器への放尿、取り付けてあった看板の取り外し、窓ガラスへの多数のビラの貼付け等も損壊にあたるとされています。
そして、器物損壊に特別の規定はないため、故意犯のみが処罰対象となります。
過失で他人の物を損壊した場合、民法上の債務不履行責任・不法行為責任等が成立することはあっても、刑法上の器物損壊罪が成立することはありません。
ちなみに、故意とは、詳述すると、構成要件的故意、すなわち実行行為とそれによる結果の発生を認識・認容していることと解されます。
これを器物損壊罪にあてはめると、当該行為によって他人の物の効用が害される結果が生じることを認識・認容していることになります。
3 本件に関する今後の経過
被害者が被害届を出そうとしても、警察側からは、犯罪不成立の可能性が高いことから、自主的に撤回するよう働きかけがあるかと思われます。
それでも、撤回しなかった場合、警察側が不受理とすることはできませんが、送検後に嫌疑不十分で不起訴になるでしょう。
弁護士 北野 岳志