職権保釈・裁量保釈では、どのような事情が考慮されるのですか?

結論:刑訴法90条に規定されているように、逃亡・罪証隠滅のおそれのほか、身体拘束の継続によって被告人が被る各種不利益等が考慮されます。

1 考慮要素1:逃亡のおそれ
重大犯罪であったり、重大処分につながる前科前歴があったりする場合は、実刑を含む重い処罰を科されることが予想され、逃亡のおそれが高いとされる傾向があります。

また、単身者で借家住まいである、定職に就いていない、反社会的勢力に属している場合も、逃亡のおそれが高いとされがちです。

なお、保釈では高額な保釈保証金を納付し、逃亡があれば没収されます(刑訴法93条、94条、96条)。
そのため、保釈保証金の没収という威嚇があっても防止し得ない程度でなければ、逃亡のおそれありとすべきでないと解されます。

2 考慮要素2:罪証隠滅のおそれ
押収されていない物的証拠を隠滅したり、証人となり得る人物(被害者、目撃者、共犯者等)やその関係者に不当な働きかけをしたりする可能性があることです。

特に否認事件や組織犯罪において、このようなおそれが高いとされる傾向があります。

被害者側と示談が成立している場合は、示談した被害者に対して不当な働きかけをするということは想定し難いことから、罪証隠滅のおそれは著しく低下します。

公判が進行して証拠調べが終了し、判決言い渡しを待つだけとなった場合は、罪証隠滅のおそれを考慮する必要は基本的になくなると解されます。
証拠調べの途中でも重要証拠の調べが済んでいれば、罪証隠滅のおそれを考慮する必要は相当程度低下すると思われます。

なお、逃亡のおそれと同様に、保釈保証金の没収という威嚇があっても防止し得ない程度でなければ、罪証隠滅のおそれありとすべきでないと解されます。

3 考慮要素3:被告人の各種不利益
法文で明記されている不利益は、「健康」、「経済」、「社会生活」、「防御の準備」です。

(1)「健康」上の不利益
勾留によって疾病が発現・増悪したこと、行きつけの病院で継続治療が受けられないこと等があげられます。

しかし、建前上、勾留中でも必要な治療を受けられるとなっているため(刑事収容施設法62条・63条等)、単に調子が悪い・病気になったではさして考慮されないように思われます。

(2)「経済」上の不利益
被告人の勾留によって収入が途絶え、家族が経済的困窮に陥ること等があげられます。

しかし、経済的困窮者には各種福祉制度を活用する救済手段が(一応)あることから、通常、限定的な考慮にとどまると解されます。

(3)「社会生活」上の不利益
就業先から解雇されたり、廃業せざるを得なくなったりすること等があげられます。

ただ、当職の個人的印象では、そういった社会生活上の不利益について、裁判所は、犯罪の結果としての社会制裁として一定程度黙認している感が否めず、さほど重視はしていないように思われます。

(4)「防御の準備」上の不利益
公判における弁護活動に支障を来すことがあげられます。

勾留中も弁護人の接見は可能ですが、電話・メールのやり取りはできないことから、タイムリーなやり取りが難しく、在宅の弁護活動に比べて不便を被ることは否めません。

最近では、公判前整理手続・集中審理が予定される裁判員裁判事件において、訴訟準備を十全に行う必要があることを重視し、保釈を許可した事例が複数見受けられます。

もっとも、裁判員裁判は、重大犯罪を対象にし、類型的に逃亡のおそれが高いとされるものであることから、そのことを踏まえつつ「防御の準備」上の不利益をどこまで考慮するかは、判断が分かれるところだと思われます

弁護士 北野 岳志

2023年08月31日|刑事:刑事